IF新製品『バロンの虎』
『もしあの時タイガーに乗っていなかったら、こうして東京でのオリンピックを見る
事は出来なかったろうね。』(東京五輪招致委員・西竹一・1964年談)

 1945年2月20日深夜、太平洋戦争最大の激戦となった硫黄島に上陸したアメ
リカ軍戦車部隊の将兵は、夜襲をかけてきた日本軍戦車部隊を見て我目をうたぐりま
した。“ブリキの棺おけ”と彼らが呼んだ日本軍戦車の中にとてつもない怪物が潜ん
でいたのです。その怪物とは1943年暮れにドイツよりスペインを経て密かに日本
へと譲渡された重戦車タイガーT型でした。

 これまでアメリカ軍の主力であるM4シャーマン戦車は火力、防御共に貧弱な日本
軍戦車に対しサイパン、フィリピンの戦車戦では常に圧倒的な優勢を誇り勝利を収め
て来ました。しかしこの晩の戦闘では形勢が逆転したのです。日本軍は3両のタイ
ガーT型と11両の97式の戦車夜襲部隊にてアメリカ軍陣地を急襲蹂躙し、実に28両
ものM4シャーマン戦車を撃破したのです。これはこの日までに硫黄島に揚陸された
アメリカ軍戦車の7割にあたるものでした。

 そしてこの大戦果をあげた戦車夜襲部隊で自らタイガーTに搭乗し陣頭指揮したの
が1932年のロサンゼルスオリンピックの馬術(大障害)競技において金メダルに
輝いた“バロン西”こと西竹一中佐(この戦功で大佐に昇進)でした。後日、アメリ
カ軍は自分達を恐怖のどん底に叩き込んだ敵戦車部隊の指揮官がオリンピックの英雄
であるバロン西と知って驚き、彼の搭乗するタイガーT型戦車を畏敬の念をこめ“バ
ロンの虎”と呼んだのです。

 その後の2週間、西戦車連隊は押し寄せるアメリカ軍戦車と果敢に戦い計64両撃
破という大戦果をあげましたが徐々に消耗し、3月上旬までに全車両破壊されまし
た。その激戦の最中“オリンピックの英雄バロン西”を戦死させるに忍びないとアメ
リカ軍が直々に投降を呼びかけたのは有名な話です。
 尚、歩兵となった西大佐は、終戦まで同島で粘り強く戦い続けました。そして戦後
は、戦没した多くのスポーツマン達を慰霊する傍ら、平和への願いをこめ疲弊したス
ポーツ界の再興と育成に生涯を捧げ1964年の東京オリンピック、1972年の
サッポロオリンピックの招致活動に尽力したのです。

 この西竹一大佐の搭乗したタイガーT初期型“バロンの虎”の雄姿が1/35・ミリタ
リーミニチュアシリーズの記念すべきNo.300として登場です。その特徴である
日本製7、7mmに換装された前方機銃も再現し、西大佐のフィギュアも付属していま
す。どうぞこの日本軍戦車部隊最強“伝説のバロンの虎”をあなたのコレクションと
してお加えください。
                           
   《『AFVモデラー』誌、2009年新年号巻末広告より》



*上記のキット及び宣伝コピーは全て創作のフィクションであり、実在した歴史、人
物とは大幅に異なっております。

■CG合成部門エントリー
■使用モデル 
タミヤ 1/35・タイガーT初期型 
同・M4A3シャーマン
同・97式戦車
■画像製作・SORA


*まずテーマとして『日本に輸入し活躍して欲しかったドイツ戦車』で考えました。
タイガーTが日本軍で活躍する物語は梅本弘氏作の小説『ビルマの虎』や同原作コ
ミック版『ハッピータイガー』(小林源文氏画)が有名ですが、いろいろと考えた末
(他にパンタ−やポルシェタイガー、エレファント等が候補に上がりましたが)日本
軍仕様が一番似合う…ふさわしいドイツ戦車として、私もやはりTigerTに落ち着き
ました。
 タイプは趣味で初期型を選定し、そして一番乗って欲しかった(与えたかった)人
物として有名な西竹一大佐を設定し、氏が“もしも硫黄島で命を落とさなかった
… ”ありえたであろう戦後の後半生に思いをはせ創作しました。