西ベルリンにて
「御免なさいヘル・ミヤモト。こんな所まで御呼び立てしてしまって。」
場末のパブに似合わない上品なアルトに三谷本が振り返ると、往年
のドイツの歌姫リリー・フリーデブルグはそこに艶然と立っていた。
「御無沙汰してますリリー。御元気そうで!」

隣の席に座った彼女は、パブの喧騒の中で微笑みながら言った。
「先月あの壁も無くなりましたでしょ。私もやっと心の整理が付きそう
な気がして、その…私のラストステージの晩に然るべき方にあの写
真をお渡ししようと決心致しましたの。」

44年前に彼女と将来を誓ったその人は従軍カメラマンだった。彼は
「あとニ日待ってくれ。ドイツの最後を看取りたいんだ。」と言い残し
断末魔のベルリンへ出ていった。
国会議事堂が落ちた次の日に、ウンターデンリンデン通りの廃墟で
冷たくなっている彼とライカを見つけたのは、他ならぬリリーだった。

「それでは、そろそろあの人が好きだった歌を歌って参りますわ。」
歌姫は昔三谷本に一度だけ見せた事の有るその片身の写真を渡
し、最後の舞台に立つ為に席を外した。
静かに流れる歌姫の歌”リリーマルレーン”。三谷本は最後の五番
目を聞きながら、席を立った。

  瞼を閉じれば甦る
  街灯の下、君の姿
  もしも生きて帰ったら
  もう一度 会えるね
  愛しいリリー・マルレーン
  愛しいリリー……

パブを出ようとする三谷本は、最後のリフレインのフレーズを聞き
取る事が出来なかった。
それはあるいは彼女が涙に咽んでいた為かもしれなかった。

「ミヤモトはどことなくあの人に似ているのよ。」
昔、リリーは微笑みながらそんな事を言ったような気がする。

忘れてはならないもの。忘れ去られて行くもの。忘れられないもの。
異国の夜の町で、三谷本は慈しむ様に写真をバッグに入れた。



★☆制作:高見@ねこにいプロダクツ
★☆部門:実写部門
★☆キット:1/40 T−34 (レベル)外見は殆ど素組